2020年10月21日水曜日。
群馬県安中市に存在する
旧・信越本線の横川〜軽井沢の
碓氷峠廃線ウォークのイベントに参加してきました。
1997年9月30日まで
この区間には鉄道が走っており、
数多くの優等列車が行き交う交通の難所でしたが、
長野新幹線(北陸新幹線)が同年10月に
長野まで先行開業する運びとなり、
信越本線の横川〜軽井沢は廃止されました。
碓氷峠は多くのファンに愛された路線でしたが、
その理由の一番が、
国鉄・JR日本一の最急勾配区間であったからで、
峠を通過する列車は
専用の機関車2両を連結して登り降りしていました。
廃線から20年以上が経った今でも
かつての碓氷峠には鉄道の跡がしっかり残っており、
2018年からは普段では立ち入る事ができない
貴重な廃線区間を「廃線ウォーク」と題して、
歩けるイベントを安中市観光機構が行なっています。
今回はブログ形式で実際に横川から軽井沢まで
歩いてきたことをレポートしていきます!!
▲横川にある鉄道文化むら(右:189系あさま)
この廃線ウォークには、
横川から軽井沢まで歩く信越本線下り線(上り勾配)踏破
軽井沢から横川まで歩く信越本線上り線(下り勾配)踏破
横川から途中の熊ノ平まで行って戻ってくるタイプ
など時期に応じていくつか種類があるようですが、
今回わたしが選んだのは、
先にも書きました通り、
横川を出発して軽井沢まで踏破するルートです。
出発は11時10分なので、
それまでは横川駅に隣接する
碓氷峠鉄道文化むらを見学することにしました。
この文化むらがある場所も
かつて峠越えする為に用意された基地の跡地を
利用して作られた由緒正しい施設です。
入り口を入るとすぐに
かつて碓氷峠を越えていた
特急あさまで使用されていた
189系の車両が出迎えてくれます。
▲碓氷峠専用に設計されたEF63(左)とEF62(右)電気機関車
EF63形電気機関車は碓氷峠専用の補助機として
横川方に2両連結し、
軽井沢までの急勾配を登っていました。
逆に峠を降る時は、
同じく横川方に2両連結させて
速度が出過ぎないように
発電ブレーキによる抑制ブレーキによって降っていました。
▲EF63形電気機関車の過速度検知装置OSR
EF62形電気機関車は、
碓氷峠を通過することを前提に製造され、
碓氷峠直通用の本務機として
様々な客車列車を牽引しました。
▲EF62形電気機関車の3軸ボギー台車
碓氷峠が国鉄・JR最急勾配区間であることは前にも書きましたが、
この勾配というのが最大66.7パーミルという傾斜で、
これは1キロ進むごとに66.7メートルの高低差があることを表しています。
数字で言われても分からないと思うので、
あとで写真を踏まえて詳しく説明します。
とにかくすごい勾配ということです。
▲昭和61年の碓氷峠のダイヤ
こうしてみると
この区間がいかに多くの列車の通り道であったのかが分かります。
▲189系あさま色とEF63形電気機関車
先ごろ塗装工事も完了して綺麗な姿に戻った189系あさま。
さて、そろそろ時間になったので集合場所に戻りたいと思います。
集合場所は鉄道文化むらの脇にある安中市観光機構のオフィス前で、
ここでガイドの方から挨拶と注意事項を聞いて出発します。
今回は平日の参加でしたが、
老若男女問わず30名程度の人が参加していました。
これからの時期だと
紅葉シーズンになるので休日は多くの人が参加されるのだとか。
そうそう!出発前にはみんなでラジオ体操をやりました笑!
出発してすぐは鉄道文化むらを横目に見ながら歩いていきます。
▲かつての碓氷峠のスターEF63がお見送り
ちなみにこのEF63は廃止から23年が経過した現在でも
4両が動態保存されており、
鉄道文化むらでは
予約して講習を受けることで体験運転ができるので、
今度は体験運転をしに遊びにきてみたいですね。
さて、横川から途中の峠の湯までは舗装された区間を歩きます。
この区間はかつての信越本線の上り線(高崎方面)を遊歩道にした
アプトの道と呼ばれている区間でイベント参加者だけでなく、
一般のハイカーの人たちも歩いています。
また、下り線(長野方面)は線路になっており
鉄道文化むら〜丸山〜峠の湯までは
土日祝日を中心に廃線になった区間をトロッコ列車が走っています。
舗装されていると言っても
緩やかな上り勾配でだらだらと登るので結構体が熱くなります。
▲丸山変電所
出発してから30分ほど距離にして2キロ程度
丸山変電所に到着です。
この丸山変電所はアプト式時代に使われていた変電所で、
トンネルが連続する碓氷峠では
蒸気機関車の煤煙問題が深刻であったことから
いち早く電化された区間で
それに伴う設備として明治45年に建設された建物だそうです。
アプト式というのは、
先ほど紹介したEF63形電気機関車が登場する前まで
碓氷峠で利用されていた方式で、
レールの間に3組みのラックレールと呼ばれる
ギザギザしたレールを設置して
機関車に装備されている歯車をラックレールの溝に噛み合わせて
安全に進んでいくラック式鉄道と呼ばれる方式の一種です。
▲丸山変電所の裏側
▲丸山変電所の場所から歩いてきた横川方面
丸山変電所周辺にはコスモスが植えられており、
現役時代には峠を降りてきたEF63と丸山変電所のコスモスと一緒に撮られた
鉄道写真や動画などネットや雑誌等の媒体でよく拝見します。
碓氷峠の凄いところは
廃線から23年が経過しているにも関わらず、
当時に近い状態で保存されており、
架線柱や架線の一部もしっかり残っています。
基本的に廃線になってしまった路線では
線路や架線柱は撤去されてしまったり、
草や木が生えて跡形もなくなってしまうことが多いですが、
地元、安中市の職員の方々がイベントのために
しっかり整備をしてくださっているため
とても良い状態で保存されています。
廃止された路線を保存しておくのは中々大変と思いますが、
今こうして整備されたところを歩くことができることに感謝です。
▲丸山変電所の場所から軽井沢方面
さあ、いよいよ急勾配区間へ突入していきます。
今まで歩いてきた道は20パーミル程度でしたが、
丸山変電所のカーブを過ぎると
一気に60パーミル超えの急勾配区間に入ります。
20パーミルでも鉄道では相当な勾配ですが、
60パーミル超えという未知のゾーンになります。
ここからが本当の碓氷峠の始まりです。
▲65パーミルの勾配
いや〜。いつ見ても凄い勾配!!
1キロ進んで66.7メートルの高低差があるというのは
写真にするとこうなります。
これ、写真はちゃんと水平なんですよ。
線路がこれだけ登っているってことなんです。
碓氷峠は横川から軽井沢までの11.2キロが
基本的にこの連続勾配が永遠と続いていきます。
峠の麓スタート地点の横川駅の標高が392メートル、
峠の頂上ゴール地点の軽井沢駅が標高946メートルなので
一駅区間で標高差が554メートルあります。
ちなみに丸山変電所の場所が標高426メートルなので
すでに34メートル登っています。
ここから根気よく歩いて行かなければなりません。
とは言ってもまだここは整備されたアプトの道、
序盤ということもありそんなに苦ではありません。
▲上り線の立入禁止看板
20分少々歩けば峠の湯に到着します。
峠の湯のところまでは、
新線と呼ばれる整備された碓氷峠の上り線(高崎方面)を歩いていましたが、
アプトの道はここから新線と別れて、
旧線と呼ばれるアプト式で運行されていたルートへ分岐します。
このアプトの道を歩いて行くと
碓氷第三橋梁(めがね橋)やアプトの道終点の熊ノ平に着きます。
がしかし、我々が進むのは廃線ウォーク!
そう、普段は立ち入ることが出来ない碓氷線の新線の区間です!!
▲手前の線路が峠の湯に進むトロッコ列車の線路、奥が碓氷線新線の線路
この先は写真に写っている奥側の線路を
歩いて軽井沢まで登っていきます。
ここから先はひたすら線路歩きです。
▲峠の湯から振り返って横川方面
登ってきた勾配がよくわかります。
この直線の先がさきほどいた丸山変電所の場所になります。
今まで歩いてきたのは、
この写真の線路の左側にある整備された碓氷線上り線です。
▲トロッコ列車の終点峠の湯
ここで1時間程度の昼食休憩をとりました。
昼食はもちろん横川駅名物おぎのやさんの峠の釜めしです!
次回へ続く・・・。